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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(行ツ)151号 判決

栃木県下都賀郡国分寺町大字小金井七四番地

上告人

生井陸之進

右訴訟代理人弁護士

石川浩三

福田哲夫

石川清子

栃木県栃木市本町一七番七号

被上告人

栃木税務署長

三室省三

右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(行コ)第九六号所得税更正決定取消等請求事件について、同裁判所が昭和五六年五月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石川浩三、同福田哲夫、同石川清子の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

(昭和五六年(行ツ)第一五一号 上告人 生井陸之進)

上告代理人石川浩三、同福田哲夫、同石川清子の上告理由

第一 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反がある。

一 原判決はその理由中で第一審判決の理由を引用しており、第一審判決理由二(以下第一審判決の理由の項目を、理由一、二、三と略称する)においては「乙第一号証、第四、第五号証証人池誠一郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば……原告(控訴人)と訴外池誠一郎との間において……代金総額を一六四〇万円と定めて本件土地を売買する旨の合意が成立したことを認めることができる」。との認定をしている。

然し右摘示された証拠によって、右事実を認定することは自由心証主義の内在的制約である経験則に反するものであり右違反が判決に影響を及ぼすこと明らかであると言うべきである。

二 右理由二摘示の証拠のうち右認定に資する証拠は、乙第一、第四、第五各号証と証人池誠一郎の証言であるが、まず証人池誠一郎の証言は、次の様な点からして著しくその証拠価値は低いものと言うべきである。

(一) 池は当初本件土地の売買を仲介しようとした者であるが、被告代理人の質問に対して本件土地を転売する目的で購入したものであることを認めていながら(二〇八丁表)、他方原告代理人の質問に対しては、本件土地を高いと思いながら買った旨(二二〇丁表)の右転売目的の購入からは全く考えられない答をしており、原告代理人が右の矛盾を鋭く追求したのに対して、何の答もしていないのである。(二二〇丁裏)

(二) 本件土地が代金一、一四〇万円とされたのは、本件売買に先立って、池が仲介して交渉がなされた本件土地と訴外坂本某所有の南河内郡仁良川の土地との交換の際、約一、二〇〇万円と値ぶみされたことに基づくのであるが、池は、この点に関する原告代理人及び裁判長の質問に対して、真面目に答えようとせず、更に激しく追及されてやむなく「坂本さんがあそこにイズミコンクリート・スミキンができたので、そちらへ売った方が土地が高く売れるから売らないという話しだったんです。」と述べているのである。この証言の内容を検討すれば、「より高く売れる」という話しが出ていることからするならば、交換の際の値ぶみがなされていたことを認めたものと言うべきであるにもかかわらず、表面的には右値ぶみがあったことを必死に否定しようとしているのである。(二一六・二一七丁)

三 次に理由二に摘示されている乙第一、第四、第五各号証であるが、これらはいずれも作成年月日が昭和五三年一月九日(第一)、同年八月二九日(第四)、同年八月二九日(第五)となっており、本件が第一審裁判所に提訴された昭和五二年九月二一日より三ケ月乃至一年も経過した後に作成されたものであり、又その作成名義人も第一審被告の指定代理人であった岡田繁儀外一名なのである。

即ち乙第一、第四、第五各号証は、本訴係属後、然も一方当事者によって作成された文書なのである。この様な書証の証明力は著しく低いものと考えるのが、採証上の経験則に合致する。

又乙第一、第四各号証の池の供述内容について検討してみても、その供述内容は池の法廷における証言内容に比して、著しく明確且理路整然としており、かえってその供述内容の信憑性に疑いを抱かせるものである。

四 他方甲第一号証の公正証書第二条には売買代金を壱千壱百四〇万円也とする旨の明確な記載があるのである。

公正証書は公証人法による厳格な手続に基づいて作成されるものであり、作成の際の列席者には読み聞かせ又は閲覧させて、承認を得たうえ、署名捺印されるものである。池自身も甲第一号証作成の際、公証人が内容を読み聞かせ池自身署名していることを認めている(二二三丁等)のである。

この様な甲第一号証作成の経過からすれば、甲第一号証の証明力はかなり高いものと評価すべきである。

五 又甲第一号証の第七条には、「本契約は……解除又は条件不成就の為効力を失った場合、その事由が売主の責に帰すべきときは、売主は買主に対し、受領した売買代金の参倍額を支払う」旨の記載がある。解約違約手附契約の場合、いわゆる倍返しが通常であるにもかかわらず、本件の場合特に参倍と定められているのである。

若し甲第一号証作成の際、上告人が、池が主張し、理由三が認定している如く池から八〇〇万円を受け取っているとするならば、上告人は二、四〇〇万円の違約金を支払わなければならないという著しく不合理な結果となる。従って右条項の存在は、上告人においては甲第一号証作成の際には、三〇〇万円しか受取っていないということを強く推測させるものである。

六 又池作成名義の甲第三号証にも本件土地の代金を一、一四〇万円とする旨の記載がある。甲第三号証の作成年月日は昭和四九年一月二五日であるが、池の証言によれば当時は既に領収証の授受について上告人との間に既にごたごたが起きていた(二一一丁裏二二七丁裏)のであり、この様な時期に池が自から不利益な事実を承認したということは、池にとっての不利益な事実の存在を強く推測させるものである。又、その様に考えるのが採証上の経験則というべきである。この点について池は原告代理人の質問に対して真面目な答をしようとしない(二二二丁、二二三丁)。この証言態度も右事実の存在を推定させるものである。

七 第一審判決は、理由三において、甲第三号証に売買代金一、一四〇万円と記載された経過について「池が原告に差し出した甲第三号証にも前記のとおり右と同趣旨の記載されているのは、甲第二号証の内容証明郵便に対する返書の作成を依頼された前記高橋信夫が原告において一、一四〇万円の売買であったというのなら、池は残金を三四〇万円とすれば良いと考えいわば右甲第二号証の記載を受けて代筆したことによるものである。」と認定している。

然し摘示された証拠のうち、右認定にそう証拠は、乙第一号証の第一三項、第一六項の冒頭部分にすぎないのである。乙第一号証は、前記三で述べた如くその証明力の点でかなり問題があるうえ、その第一三項の記載も「公正証書には売買代金一、一四〇万円と書いてあるので、その金額を書かなければいけないと思ってそのように高橋さんが書いてくれたんだと思います」というもので、池の推測を述べているにすぎないのである。そして代書した高橋信夫の供述を録取した乙第五号証では高橋自身この点に全くふれていないのである。

この様な薄弱な証拠に基づき、前記の様な認定をしている判決理由三は、経験則に反するのはもちろん、理由不備に比すべき違法があるとさえ言い得るのである。

八 以上の様な事実に照らせば、理由二の認定は著しく採証上の経験則に反すると共に、事実認定上の経験則の適用を著しく誤っており、民訴法一八五条に明らかに違反し、ひいては、判決に影響を及ぼすものと言うべきである。

第二 原判決には審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

上告人は、原審において、証人生井フジの証拠調申立をした。右生井フジは、上告人の妻であり、昭和四八年一二月一七日上告人宅で手付金の授受がなされた日に、争いの手付金の授受の場面には全然立合わず、お茶を出してすぐ幼稚園の用事で出掛けてしまったのであるが、証人池は生井フジが右授受に立合っていた旨証言しているので、その信憑性を確めんとしたものなのであるが、これが尋問をせず、控訴人が争っている証人池誠一郎と控訴人本人の人物、つまり公判廷での供述態度からうかがえる生の人物を採証する為の右両人の尋問も採用せず、結審させた原審の訴訟指揮には、審理不尽の違法があると言うべきであり、この審理不尽は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。

第三 結論

以上いずれの点からみても原判決は違法であり破棄されるべきものである。

以上

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